【7/20-7/24週の世界のリスクと経済指標】~EU復興基金合意によるドイツ帝国化の強まりと米政権の焦り~
先週の評点:
リスク -8点(34点):悪化 (基準点42点)
経済指標 +11点(77点):大幅良化 (基準点66点)
【リスク】
先週も米中対立で大きな動きがありました。
まず米国がヒューストンにある中国の在米領事館を、スパイ活動の拠点であるとして急遽閉鎖要求を出しました。それに対して中国側も報復措置として成都にある米国の在中国領事館を閉鎖する様要求しました。
また、米国のポンペオ国務長官がカリフォルニア州での演説で中国共産党を痛烈に批判し、中国共産党に対抗するために民主主義国家で新同盟を組み対抗することを呼びかけました。
これにより米中対立に新冷戦の様相が強まってきました。
全体としては米中対立の激化とCOVID-19の感染拡大への懸念でマイナス8ポイントで悪化としました。
【経済指標】
先週は欧米のPMIの発表の週でしたが、先月に続いて欧州のPMIは良好で順調な回復を見せています。
COVID-19の感染拡大は続いているものの、外出禁止令が解けた影響で経済は回り始めていることを示しました。
一方で米国はMarkit社PMIにて先月よりは改善したものの、製造業/非製造業共に予想値を下回り、未だCOVID-19の爆発的な感染が続く米国経済の重い回復状況を示し始めました。
新規失業保険申請件数も前週よりも増加が見られ、感染再拡大の雇用への影響を注視する必要があります。
全体としては欧州のPMIの好調さによりプラス11ポイントの大幅良化としました。
【先週の振り返りと考察】~EU復興基金合意によるドイツ帝国化の強まりと米政権の焦り~
先週は週前半にAMZNが7.93%、TSLAが9.47%上昇しナスダックが強い上昇を見せ、かつ欧州での復興基金の合意を受けてダウも一時27,000ドルを回復しました。
しかし、週半ばからは米中対立の激化が懸念され前半の上昇分が打ち消され週足は若干のマイナスで落ち着きました。
一方で為替はドル安が進行し、ユーロ、豪ドル共に対USドルで年初来高値を更新しました。中国経済の好調さからユーロ/豪ドルが強く、FRBによるドルの大量供給に加え、COVID-19の感染拡大が止まらない米経済の先行き不安により引き続きドル安傾向は続くと思われます。
さて、先週は米国政府による中国のヒューストン総領事館の閉鎖要求と米国ポンペオ国務長官による明確な中国共産党批判および新同盟での対抗の呼びかけで、米中対立が本格的な殴り合いに発展しそうな様相を見せ始めました。
私が気になったのは、今回、トランプ政権が初めて中国「共産党」に対する痛烈な批判と、民主主義国家に対して「新たな同盟を構築して対抗すべき」という方針を明確に示したことです。
これまで米国のトランプ政権はポピュリズムの思想の下、自らの支持基盤であるラストベルトや農家の人々のために保護主義的な政策を取り、関税見直しで脅しながら企業には米国内での工場建設を強要し、製造業の米国への回帰を推進して来ました。
また一番の貿易相手である中国のみならず、カナダ、メキシコとの新たなUSMCA締結や日本との日米貿易協定見直しなど、たとえ同盟国であろうがなり振り構わず米国に有利な条件を引き出す交渉を行いました。
そしてコロナ禍で停滞していますが、現在米国はEUに対しても同様に貿易交渉を行なっている最中です。
トランプ政権樹立以来、自国優先主義を取るトランプ氏が同盟国である欧州各国を軽視していたことからNATOは崩壊寸前まで行きかけました。その結果欧州各国は米国に不信感を募らせることとなっていましたが、米国はそこに更に猛烈な貿易交渉を浴びせかけています。
加えて米国は6/15には一方的にドイツ駐留米軍の9500人に上る大幅削減を表明し欧州への関与を後退させたため、欧州と米国の亀裂はさらに深刻なものとなっていきました。
そんな中、予てから議論されながらも纏まらなかった欧州復興基金設立が5日間に渡る協議により7/21に合意がなされました。
そしてそれを主導したのはEUの盟主であるドイツでした。
EUはドイツを中心とした産業構造になっており、ドイツの経済的な影響力は大きいです。
イギリスが抜けた今、EU主要国内では圧倒的にドイツのGDPが高い状況です。
特に東西冷戦終結以来、ドイツは東欧諸国との経済システムを確立し、東欧諸国の安い労働力で生産した製品を自国を通してドイツ製品として世界に輸出しています。(ドイツブランドの工作機械も実は作っているのは東欧諸国、ということがよくあります。)
そのため今や弱小東欧諸国は経済的にドイツへの依存度が上がり、ドイツのEU内での影響力は非常に強いです。
これまでドイツは厳しい財政規律を保つ国としてEU共同債の発行には反対していましたが、5/18の仏マクロン大統領との会談で、EU共同債の発行に一転合意しました。
これはドイツが自らの力でEUを全力で主導していくことを決意したことを意味し、その結果7/21に復興基金という名のEU共同債の発行に漕ぎ着けました。
このEU復興基金の創設は、英国が抜け弱体化したと思われたEUの結束を新たに強める象徴的な出来事であり、EU浮上への大きな一歩であると考えます。
そして一方で英国が抜け、ドイツのリーダーシップでEUが再結束し、経済的にも政治的にも影響力が増した事実は、やや誇張するならば「EUがドイツ帝国化」したとも考えられます。
EUの中でもフランス、イタリアなどはファーウェイ排除の報道があり徐々に中国から距離を取りつつありますが、ドイツにとって中国は最大の貿易相手国であり、ドイツは親中国です。今回の香港国安法施行に関しても、ドイツはG7外相の共同声明には参加していますが、米国からは距離を置いた控え目なスタンスが伺えます。
そしてEUの盟主であるドイツを率いるメルケル首相と対中の急先鋒である米国のトランプ大統領の関係は、先述のトランプ大統領の欧州同盟国の軽視、執拗な貿易交渉、一方的なドイツ駐留軍の大幅削減により最悪な状況に陥っています。
トランプ政権がこのタイミングでこれまでのポピュリズムを一転し、民主主義国家で新たな同盟を作ることを呼びかけたのは、一体となって結束を固めたEU全体が、ドイツの影響を受けて米国から距離を置き、中国に対して弱腰に出ることへの焦りから出た行動のような気がします。
もちろん、中国の覇権主義が鮮明になってきたことが大きな要因ですが、欧州諸国がドイツを中心に再結束したタイミングで、改めて中国共産党を敵として明示することで民主主義国家としての標的をはっきりさせ、協調させるための楔を打った印象が強いです。
これまでは旧西側諸国として協調して中国の増長に対して対抗しなければならない中、米国のポピュリズムとEUの弱体化によって対応はバラバラとなっていました。
米国の協調政策への変化とEUの再結束によって、事態は良化しつつあるように思えますが、最終的にはEUのリーダーとなったドイツがどのようなスタンスを取るかが非常に重要と考えます。
ドイツがこれまでのトランプ政権の身勝手な振る舞いを大人な対応でいなし、民主主義国家として中国共産党への対抗姿勢を示すのか、それとも実利を取ってトランプ政権が続く限りは静観するのか、今後のドイツの動きに注目しています。
以上